エピソード:クレ-ムは宝

個人会員 佐々木 興吉

 ある年の年末、年始。その時は9連休でした。仕事始めの2日目かに関西支社から一本の電話。重大クレ-ムの知らせでした。

 某電力会社の変電所で共同研究中のNAS電池(ナトリウム硫黄電池)が熱逸走を起こしているというものでした。50KWだったと思います。営業責任者としてその日のうちに大阪へ。現場は隣が病院の病棟でした。会社の研究所からは所長以下担当研究員、工事部門の要員も動員され動向を見守っている状況でした。現場の指揮は以前より面識のある電力会社研究所幹部でした。現場には所轄の消防署も駆けつけており待機中でしたが、電力会社は自分たちで対処するのでそれができなくなったら消防署に任せる、それまでは待機して欲しいという毅然たる態度でした。

 何が起ったのか。筒状短セルを構成するセラミック材料の破損による電池の熱逸走です。現場に駆けつけた時は夕方でしたが電源収納箱内部は既に1000度を超える熱逸走状態で数十本のセルが破損、更に進行中でした。1本のセルの高温破損から次々に伝搬する熱逸走です。私も深夜まで現場で様子見、近くに宿をとり2~3時間してまた現場へ。

 実は年末、連休に入る前に相手研究所から長期休暇になるので運転を止めたいとの要請があり、こちらとしては連続運転を希望しましたが先方の強い要請により連休中の稼働停止となりました。原因は高温(稼働中)→ 低温(休暇停止)→ 高温(再稼働)によるセラミックのヒステリシス現象による破損でした。厄介なことにこの事故により有毒ガスが発生、電源室に充満する状態となり、隣の敷地には病棟、一刻も早い沈静化が求められました。先方の中央研究所幹部が夜を通して指揮をとり解決のDR(デザインレビュー)が度々開催され、我々の研究陣に解決策を提出させ、それをさまざまな角度から検討し、実施の手順をその場で記述して提出。DRは会議室一杯の大勢の相手工事部隊も立ちながら出席し、緊張の連続でした。我々の工事部隊は防毒マスクを装着、腰には命綱を着けて電源室に這って入って行きます。有毒ガスを吸収するため大型スクラバ-を遠方発電所より緊急移送し、翌早朝には電源室外壁に穴を空け装着した電力会社の力量には驚きました。対応により漸く3日目頃には熱が下がり始め解決に向かいました。DRの席上では営業は何もできませんでしたが作業要員の安全を第一にして欲しいこと、命に拘ることはさせられないことを強くお願いした記憶があります。

 この事故は福島原発の事故より10年くらい前の事故でしたが、東日本大震災での電力会社の現場対応を報道で見るにつけ、セルと燃料棒の大きな違いはありますが熱逸走を止める(冷却する)ということは酷似しており、現場対応の様子も一緒だったなと深い感慨がありました。

 営業では実にさまざまな事故、トラブルにあい、対応しました。非常電源はいつも緊急事態時に必要とされ、多くは上記のように発電所、通信施設、交通機関、トンネル、ガス・水道施設のバックアップ電源など重要な公共施設で稼働しています。これがいざという時に故障でバックアップしないとお客のメンテ部隊はじめ我々も真っ青になります。公共設備や機関が止まるからです。JRの山手線を止めたこともありました。
 トラブルで重要なことは経験的に以下の3点で、これはどんな小さなトラブルでも共通することと思っています。
  (1)迅速な対応
  (2)誠実な対応
  (3)解決策と再発防止策の提出
 客先の設備運転・保守要員は誰よりも何よりも早期復帰を一番望んでいます。営業責任者は一番に駆けつけて至急現場復旧をすることの約束と社内対応です。打合せではごまかさないこと。そしてトラブルが早期に解決すると大概はトラブルの苦情より「よくやってくれた」、「お宅にしておいて良かった」との評価と客先現場との高い信頼関係の醸成ができます。これが次の注文に間違いなく繋がります。クレ-ムというと対応は嫌だなと思わないでクレ-ムは人間力を磨いてくれると同時に注文の宝だと思ってください。昭和を生きた世代としては。

 冒頭の変電所は結局 所轄消防署も介入することなく解決。後日 先方研究所より、よく対応してくれたと高級寿司屋で感謝の一席を設けられ、次の共同研究のテ-マの協議がありました。その時の我々営業マンとは関西に行った折、今でも一献傾けています。と同時に電力会社研究所幹部は今どうしているかなと感慨を覚えます。

  


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