メールセキュリティ強化策
送信ドメイン認証 その2
メール送受信の仕組みとメールの形式
情報セキュリティG 新井 全勝
送信ドメイン認証の詳細に進む前に、メールの送受信の仕組みとメールの形式について、概観を見ておきましょう。
メール送受信の流れ
メールは日常的に使われる通信手段であるが、その裏側の仕組みは意外と知られていない。本稿では、メールがインターネット上をどのように送受信されるのかを追いながら、メール形式についても解説する。

- 送信者は、MUA(Mail User Agent)―――メールソフトウエアを用いてメールを作成し、送信操作を行う。この操作により、メールはヘッダと本文などから構成される形式に整形される。
具体的には、送信者のメールアドレス(From: user1@example.com)、宛先(To: user2@example.jp)、件名(Subject: ご報告)、送信日時(Date: 2025年11月15日 14:32 JST)、およびメッセージ識別子(Message-ID: abc123@example.com)などを含むヘッダが構成される。
これらのヘッダ情報と本文は、SMTPプロトコル(通信規約)で送信可能なメッセージ形式としてまとめられ、次のステップへと渡される。
- MUAはSMTPプロトコルを用いて、送信者が契約しているプロバイダの送信サーバにあるMSA(Mail Submission Agent)へメールを送信する。投稿ともいう。
この通信には、STARTTLSやSMTP over SSLなどの方式による暗号化※1 が施され、通信中の盗聴を防止する役割を果たす。
- MSAは、送信者の認証情報を確認した上で、受け取ったメールを整形し、送信サーバ上の送信側MTA(Mail Transfer Agent)へメールを渡す。
- 送信側MTAは、メールの宛先に応じて適切な経路を選択し、インターネット上の複数の中継サーバを経由して、受信者のメールサーバ(受信サーバ)の受信側MTAへとメールを配送する。
その際に、送信側MTAはDNS(Domain Name System)に問い合わせを行い、宛先ドメインのMXレコードを取得する。得られたホスト名※2 をもとにIPアドレスに変換し、宛先の受信サーバを特定する。
- 送信側MTAは、取得したIPアドレスを用いて、SMTPプロトコルにより宛先の受信側MTAへメールを送信する。
通信路の暗号化は、宛先の受信側MTAがSTARTTLSなどの暗号化方式に対応している場合にかぎり行われる。
- 受信側MTAは、送信されたメールを受け取り、MDA(Mail Delivery Agent)に引き渡す。
また、受信側MTAは、SMTPセッション中に送信者情報(MAIL FROM)および宛先情報(RCPT TO)を受信する。これらの情報は、郵便手紙の封筒になぞらえてエンベロープ情報と呼ばれ、配送制御に用いられる。メール本文のヘッダ情報(From, Toなど)とは別の階層で利用される。
- MDAは、受信したメールを受信者のMB(Mailbox)に格納する。これにより、メールは受信者の手元に届く準備が整った状態となる。
- 受信者は、自身のMUA(Mail User Agent)―――メールソフトウエアを用いて、POP3やIMAP、あるいはPOL(Post Office Layer)※3 を通じて、契約しているプロバイダの受信サーバにあるメールボックスMBにアクセスする。メールを取り寄せると、画面上に「From」「To」「Subject」「本文」などの項目が表示され、受信者はその内容を閲覧する。
――――――――――――――
※1)通信路の暗号化:メール送信時に、MUAとMSA間、送信MTAと受信MTA間の通信内容(ヘッダ・本文・添付ファイルなど)をTLSなどの方式で暗号化する技術。これにより、通信中の盗聴を防止することができる。
※2)ホスト名:インターネット上の特定の機器やサービスを識別するための名称。たとえば「mail.example.jp」のように、ドメイン名に基づいて構成される。DNSを通じてIPアドレスに変換され、通信先が決定される。
※3)POL(Post Office Layer):一部の日本国内プロバイダで採用されている独自のメール受信方式。POP3に類似するが、接続管理や認証方式に特徴がある。
※4)メールシステム要素一覧(略号と機能・役割)
| 要素名 | 英語表記 | 機能・役割 | 備考 |
|---|---|---|---|
| MUA(送信者) | Mail User Agent | メールを作成し、送信者のプロバイダの送信サーバに送信するためのソフトウエア | ・Outlook、Thunderbird、Webメールなど ・SMTP通信で送信 |
| MSA | Mail Submission Agent | MUAから送られたメールを受け取り、MTAに配送する | SMTP通信で受信 |
| MTA(送信側) | Mail Transfer Agent | メールを異なるシステム間で転送する役割をもち、メールの宛先ドメインをIPアドレスに変換し、宛先に応じてメールを振り分けて送信する | ・DNSを参照して宛先ドメイン⇒IPアドレスに変換 ・SMTP通信で送信 |
| MTA(受信側) | Mail Transfer Agent | 送信側MTAとの間でコネクションを確立し転送されたメールを受信しMDAへ渡す | SMTP通信で受信 |
| MDA | Mail Delivery Agent | MTAから受け取ったメールを受信者のメールボックスに格納する | |
| MB(メールボックス) | Mailbox | 受信者のメールが保存される場所。MSPOOL(メールスプール)ともいう | |
| MUA(受信者) | Mail User Agent | メールを受信者のプロバイダの受信サーバにあるメールボックスより取り出し、表示するソフトウエア | POP3 / IMAP / POLでMBにアクセス |
| DNS | Domain Name System | メールアドレスのドメイン名からMXレコードを取得し、IPアドレスに変換する | メール配送先の特定に使用 |
| SMTP | Simple Mail Transfer Protocol | メールを相手先に送り届ける配送手順を定めた通信規約。メール配送では、メールを送りたい側(送信側)が、メールを届けたい先(受信側)に接続を要求し、受信側が受理することにより、一連の配送手続きが行われる。この一連の手続きはSMTPセッションと呼ばれる。 送信者情報や宛先情報がヘッダとは別に送信される。 MUA・MSA間、送信MTA・受信MTA間の通信に使用される。 | |
| POP3 | Post Office Protocol version 3 | メール受信に用いられる通信規約。メールをダウンロードして閲覧する方式。 | |
| IMAP | Internet Message Access Protocol | メール受信に用いられる通信規約。サーバ上のメールを同期して閲覧する方式。 | |
| POL | Post Office Layer | 一部国内プロバイダで用いられる独自のメール受信方式。POP3に類似するが、認証方式に特徴がある。 | |
| 要素名 | 英語表記 | 機能・役割 | 備考 |
メールの形式とヘッダの役割
(1) メールの形式
インターネットメールは、「インターネットメッセージ形式」の規格に準拠し、以下の2つの主要部分から構成される。
- ヘッダ部:送信者・宛先・日時・形式などの制御情報
- 本文部:実際のメッセージ内容(テキスト、HTML、添付ファイルなど)
本文部は MIME(Multipurpose Internet Mail Extensions)に準拠しており、単一コンテンツ形式・複数コンテンツ形式・添付ファイルを扱える柔軟な構造を持っている。形式指定は Content-Type フィールドで行われ、表示互換性やセキュリティ評価に影響します(詳細は次節参照)。
なお、ヘッダ部と本文部の境界は、1行の空行によって明示される。
(2) メールの本文部 ― MIMEの基本構造と運用分類
インターネットメールの本文部は、ASCII文字コードをベースに発展してきた。MIMEは、日本語などの非ASCII文字や複数パート形式、添付ファイルを統合的に扱えるようにするための拡張仕様であり、現在のメールの多様性を支える基盤技術である。
① MIMEの構造と主要フィールド
MIMEは本文部を複数の「パート」に分割し、それぞれに Content-Type や Encoding を指定することで、テキスト・画像・添付ファイルなどを取り扱う取り扱う。
- MIME-Version:使用バージョン(通常1.0)
- Content-Type:本文の形式(例:text/plain, text/html, multipart/* など)
- Content-Transfer-Encoding:エンコード方式(例:7bit, base64, quoted-printableなど)
- Content-Disposition:添付ファイルの表示方法(attachment, inline)
- Content-ID:MIMEパートの識別子(HTML内画像参照など)
② Content-Typeの例
- text/plain:プレーンテキスト
- text/html:HTML形式テキスト
- multipart/mixed:本文+添付ファイル
- multipart/alternative:テキストとHTMLの両方を混在
- application/:添付ファイル(PDF, Wordなど)
- image/:画像添付(JPEG, PNGなど)
③ Content-Transfer-Encodingの例
メールはASCIIベースの通信を行うため、非ASCII文字やバイナリデータはエンコードして送信する必要がある。
- 7bit:ASCII
- base64:バイナリ添付
- quoted-printable:特殊文字を含むテキストなど
(3) メールヘッダの役割
メールヘッダは、以下の機能を担う制御情報群である。
- 配送制御:宛先や経路情報に基づき、メールを正しく届ける
- 表示制御:件名や形式情報により、メールソフト(受信側MUA)が適切に表示する
- 識別管理:メッセージの一意性やスレッド(メールのやり取り)の連続性を保持する
- 認証・検証:SPF/DKIM/DMARCなどの検証情報を記録し、信頼性を評価する
(4) ヘッダ内容の分類と主要フィールド一覧
ヘッダは「フィールド名: 値」の形式で記述され、改行で区切られます。配置順は厳密ではありませんが、一般的には以下の順序に並びます。
- 配送履歴(Receivedなど)
- 基本属性(送信者情報、宛先情報、表示情報)
- 識別・スレッド管理(Message-ID, In-Reply-Toなど)
- 本文形式・構造(MIME関連フィールド)
- 拡張・補助(X-Headerなど)
下記に主要フィールドの一覧を示します。
| 分類 | フィールド名 | 説明 | 備考 |
| 送信者情報 | From | 送信者のメールアドレス | 送信者の入力情報に基づき、送信側メールソフト(MUA)が設定 |
| 宛先情報 | To | 宛先のメールアドレス | |
| Cc | 同報送信先(カーボンコピー) | ||
| Bcc | 非表示同報送信先。通常ヘッダには表示されない | ||
| 表示情報 | Subject | 件名(タイトル) | |
| Date | 送信日時 | ||
| Reply-To | 返信先アドレス(Fromと異なる場合) | ||
| 識別・スレッド管理【注1】 | Message-ID | メールの一意識別子(グローバルにユニーク) | メッセージの一意性と連続性を保持 |
| In-Reply-To 【注2】 | 返信元メッセージのID | スレッド管理に使用 | |
| References 【注3】 | 関連メッセージID | スレッド履歴の保持 | |
| 本文形式・構造 | Content-Type | 本文の形式(例:text/plain, text/html, multipart/mixed) | MIME準拠 |
| MIME-Version | MIMEのバージョン(通常は1.0) | ||
| Content-Transfer-Encoding | 本文のエンコード方式(例:7bit, base64) | ||
| 配送・認証履歴 | Return-Path 【注4】 | 配送エラー時の通知先メールアドレス | 受信サーバ(MTA)が追加 |
| Received | メールが通過したサーバの履歴 | ||
| Authentication-Results | SPF/DKIM/DMARCの認証結果 | ||
| DKIM-Signature | DKIMによる電子署名 | ||
| DKIM-Signature: d=ドメイン | 電子署名を生成したドメイン名。公開鍵の登録時にDNSに登録 | ||
| ARC-Seal | ARCの封印署名。対象はARC-Authentication-Results、ARC-Message-Signature、過去のARC-Seal | ||
| ARC-Message-Signature | ARCのメッセージ署名。対象はその中継時点で観察されたメッセージ | ||
| ARC-Authentication-Results | ARCの認証結果履歴 | ||
| 補助・拡張 | X-Header | 独自拡張ヘッダ(例:X-Mailer, X-Originating-IP) | 任意・システム依存 |
――――――――――――――――――
注1)識別・スレッド:スレッドとは、メールのやり取りの連糸
注2)In-Reply-To:返信元の Message-ID を記録することで、メールのやり取りの連続性(スレッド)を保持する。メールソフトはこの情報をもとに、階層表示を行う。
注3)References:過去の関連 Message-ID を列挙することで、スレッド履歴全体を保持する。複数の返信が連鎖する場合に、全体の流れを追跡可能にする。
例:References: msgid1@example.com msgid2@example.com msgid3@example.com
注4)Return-Path:
SMTPでメール送信時、 コマンドで指定されたメールアドレスが Return-Path となる。これは Envelope From とも呼ばれ、SPF評価の対象となる。メールソフトのユーザ名が引き継がれる。
メール形式の例
このように、ヘッダ部が先に並び、空行を挟んで本文が続くのが基本構造である。
ヘッダ部
本文
From: user1@example.com
To: user2@example.jp
Subject: ご報告
Date: Tue, 16 Sep 2025 14:32:00 +0900
Message-ID:
Content-Type: text/plain; charset=”UTF-8″
MIME-Version: 1.0
本日はご報告があります。
来週の会議資料を添付いたしますので、ご確認ください。
参考文献
1)送信ドメイン認証技術導入マニュアル 第3.1版 迷惑メール対策推進協議会
2024年8月発行 一般財団法人 日本データ通信協議会
2) 迷惑メール白書 2022-2024 迷惑メール対策推進協議会
2024年8月発行 一般財団法人 日本データ通信協議会