ものづくり

外国語で文章を書くとき、ほんの一言が大変な意味の違いを引き起こすことがあります。このコラムは海外事業部会のメンバーが経験をもとに連載します。



ものづくり

 日本の製造業界には新しい思想とも言うべき「ものづくり」があります。単純に物を作ることを指すのであれば、なにも平仮名とする必要はないのですが、これは断じて平仮名の「ものづくり」でなければならないのです。

 ではこれを英訳するとどうなるのでしょうか。
 manufacture, produce, make, fabricate など数多くの動詞が思い浮かびますが、どれを取っても英語としては長年の歴史のある動詞で日本でごく最近生まれた「ものづくり」の思想を意味する言葉にあてはまる訳もありません。誰かが強いて manufacturize という新語を作って見ても到底英語を理解する人に意味を浸透させることは出来ないでしょう。

 さて「ものづくり」ですが、漢字、ひらがな、カタカナ、かなまじり漢字の表示の中でわざわざ平仮名としたからには、そこに他の言葉で言い表せない大きな意味がある訳ですね。話は飛びますが、これまでにも日本語がそのまま英語として国際的に認められたものがいくつかあります。例えば日本語のtsunami(つなみ)、rickshaw(人力車)、judo(柔道)はThe Oxford English Dictionary Second Edition(全20巻)に英語として登録されているのですがこれらの単語は物理的な事物を指すもので、システムであったり精神的なものも含めた意味合いはほとんどありません。ところが「ものづくり」は生産という活動のシステムや人の考え・動きを追求する精神的な意味合いも強い活動を指しています。また、「ものづくり」はその言葉を使う企業・人により意味するところが多少とも異なっています。基本はまさに「物を作る」ところにありますが伝統工芸家は何百年もの伝統に基づく製法の全てを意味する言葉ととらえ、また量産品を製造する大メーカーは自社の生産活動の相当広い活動を「ものづくり」という言葉を使って方針としたりしています。

 「ものづくり」に関しては、1999年に「ものづくり基盤技術振興法(Basic Act on the Promotion of Core Manufacturing Technology=法務省「日本法令外国語訳データベースシステム掲載の英語タイトル」)」という法律までできて15年近く経ちますが相変わらず「ものづくり」そのものが何であるかの定義はなく、法律では「ものづくり」という言葉の意味は既定のものとしてこの法律の適用される技術「ものづくり基盤技術」の分野が定義されるに留まっています。

 長々と書きましたが、このような状況のもとで「ものづくり」を英訳しなければならないとなったらどうしましょうか?
インターネットであれこれ調べているとシカゴに本社のあるJapan Intercultural Consulting社(Japanintercultural.com)のサイトの中にPatricia Pringleという人が、著名日本人関係者へのインタビュー調査も行った上で、英語で「ものづくり」とは何であるかを分かり易く解説している記事に出会いました。結論を紹介しますと、「とても一言では言いあらわせない。理解しようとする人は活動に飛び込んで見なさい。」のようです。やはり「ものづくり」の英訳は無理のようでPringleさんも最後まで「monozukuri」と表記しています。

 近年、この日本固有の「ものづくり」をテーマにして製造業に携わる外国人へのトレーニングが盛んになっています。世界中にこの思想が行き渡り、やがては「monozukuri」がThe Oxford English Dictionaryに記載されることを期待しています。

 参考までに、日本人に特有の、言葉を定義付けしないで使うという世界観をうまく説明した人があり紹介します。ちょっと古い朝日新聞(2006年10月24日第2千葉版)の研究玉手箱欄に、神田外国語大教授のロバート・デシルバさんが「日本は、読者が持つ「常識」を暗黙のうちに期待して文章を書く「読む人が責任を持つ文化」。これに対し、英米は書く側が常識を含めて説明する「書く人が責任を持つ文化」なのだ」と言っています。

 法律に平仮名で「ものづくり」と書くならその定義があっても良さそうですがその時点ですでにこの言葉を使う人によっていろいろな意味があったために定義できなかったのでしょうか。米国の法律であれば、その時点でいろいろの意味が流布していたとしても、多分法律が適用される
monozururi」の定義を、法律制定者の考えに基づき、まずは法律の定義欄冒頭に記載するのではないかと想像します。

 日本人の良さは、このように誰かが使い始めた「これだ!と思う」言葉を自分なりに解釈して自社、自業界の活動にうまく取り入れ、大いに業績をあげる融通性の高さにあると思います。世界に誇るべきことではありますが簡単に外国語に翻訳できないことで、これも大変な翻訳者泣かせです。

(ZO)


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