三崎漁業無線局を訪ねて

神奈川県水産技術センター・漁業無線局を訪ねて

  梅雨の合間に、昔、商船に乗ってモールス信号を打っていた堀家さんが興味を持った三崎漁業無線局を、佐々木さんをいれ、当会三人で訪ねることになった。

  三浦海岸から東京湾沿いに漁船を見ながら三崎方面に進む。江奈湾からトンネルを抜けた先の毘沙門漁港を過ぎると高架橋の右側に風力発電の風車2基と左側に6基の無線用鉄塔が見え、振り返ると右側の崖の上に4基の鉄塔が見える。無線局の大乗送信所と八浦原受信所である。しかし何れも無人で本体の通信所は城ヶ島大橋料金所の手前の路地を東側に入った神奈川県三浦水産合同庁舎の3階にある。

  昭和46年に建てられた鉄筋コンクリート3階造りの庁舎はかなり年老いたよぼよぼの建物の感があったが無線室の中は意外と小奇麗に整理してある。
入口の座席表には10数名の職員の名前があり、年中無休の三交代制とのことで閑散としていてこの時間帯は4人で対応していた。
  森副技幹と加藤主査に案内されたが数10平米程度の部屋の窓を除いた壁の部分の殆んど、びっしりと通信機器類が設置されている。何れも図体の大きい一時代前によく見受けられた灰色の長方体のいかにも重たそうな機器である。ここも予算不足から中々新しい機器に取り替えてはもらえないそうで修理も部品を調達するのが大変なようである。
  定時になると操業漁船から「ト・ツート・ツー」のモールスの信号音が入ってきて、それに対して通信士が手際よく返信しているのを見ていた堀家さんの指先が微妙に動き「懐かしいですね」の一言はなんとも感慨深げであった。モールス信号には通信士それぞれの個性があって跳ねが早い人、伸ばしに長短があったりなど、打ち方には色々と特徴があるようだ。
  また奥の方で送信機に向かっていた職員の方は近海で操業している漁船に対して音声による気象情報を出している。机上に置かれた最近では中々見かけないようなスタンドマイクに向かって、風向から浪の状況、今後の気象状況等を細かく丁寧に10分近く通信していたが、その落着き具合、発音の良さ、声の良さ等、昨今の放送関係者にはもっと勉強してもらいたいと思うような見事な放送振りには感心をしてしまう。

三崎漁業無線局で遠洋漁船とモールス信号で交信する無線通信士 2012年6月4日 堀家彰生撮影

  ここの主な業務は漁船の安全や効率的な操業に関する情報、漁況、海況、気象や漁船の行動の情報、非常災害時における情報伝達等を行う漁業の指導監督の通信業務。
漁業経営の能率増進や円滑化をはかるための漁船と事業所の打ち合わせや漁業経営に関する通信を行う漁業通信業務。漁船乗組員と家族等との個人的用件に関する通信を行う電気通信業務などを行って漁業活動を円滑にして水産業の支援を行っている。

  携帯電話、テレビ等デジタル信号の発達している現在、なぜ短波の無線通信なのか不思議に思うが、デジタル信号に使用するマイクロ波は電離層での反射も無く直進してしまうので地球の裏の部分では受信できなくなってしまう。しかし短波は電離層で電波が反射するためフェージング(強弱があって聞きにくくなる)は起こるが遠くまで伝達し地球の裏側でも四六時中通信できるので常時移動して遠洋で操業している漁船への通信方法として最適なので現在でも利用されているわけである。 基本的には沿岸漁船には超短波で、沖合漁船には中波で、遠洋漁船は短波を使用して通信を行っていてそれぞれに適応する無線機器をそろえている訳でかなりの機器が並んでいた。

  ここでは最近は何処にでもあるようなスマートな通信機器は脇役のようで、パソコン、プリンター、防災無線機、電話などは入口の脇の机上にひっそりと置かれていた。
その後、屋上を見せてもらったが神奈川県防災行政無線設備のパラボラアンテナと小ぶりのアンテナ塔が建っていた。見晴らしがよく城ヶ島と三崎港が見下ろせる見晴らしのいいところで、無人の送信所、受信所の鉄塔も遠く毘沙門の崖上に見渡せた。
  こんな小さい無線通信所から指先で打つ「ト・ツート・ツー」が地球の裏側まで飛び回るとは、なんとも不思議であるし、素晴らしいし、楽しいし、モールス信号を発明した「モールス」と無線電信機の基礎を築いた「マルコーニ」は素晴らしい人である。
  ここで扱っている周波数帯の無線や防災無線を使用して地域振興につながる産業支援ができないかと思いつつ通信所の古い建物を後にし、次の訪問先の三浦商工会議所に向かった。

(加藤幹雄記)

追記:
  明治34年に世界初のマルコーニ式無線電信機実験が成功しました。それを手本に2年後には日本は独力で36式無線機を作り上げました。4年後の明治38年の日本海海戦において、「敵艦見ゆ」のモールス信号を信濃丸から発信して、東郷大将指揮する連合艦隊旗艦三笠で受信されたのです。この無線機の現物は、横須賀市にある「記念艦 みかさ」で見学できます。


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